我が家には2011年からテレビが無い。テレビが無いというより2011年7月24日にアナログ放送から地デジ放送に移行したお陰で愛用していたテレビデオ(テレビとVHCとDVDが合体したもの)が使えなくなった。以来、我が家の朝はNHKラジオ第2放送が流れている。2024年9月23日午前8時半頃、偶然耳にした話に心が温まったので冷めないうちに。結論もまとめも無し。ただの雑記。
「カルチャーラジオ 保阪正康が語る昭和人物史」
この番組は、ノンフィクション作家・評論家の保阪正康さんと司会の宇田川清江さんが、昭和に活躍した人物のインタビューや講演会などの録音を聴きながら、その人物について語り合う30分番組だ。毎朝NHKラジオ第2放送を流しているので、在宅の折にたまに聴いている。二人の言葉遣いがとても美しく、毎回耳に心地良い。特に元NHKアナウンサーの宇田川清江さんの語り口が素晴らしい。大変貴重な番組だ。
今回取り上げたエピソードは「カルチャーラジオ 保阪正康が語る昭和人物史 平岩弓枝」3回シリーズの最終回。作家の平岩弓枝さんが84歳の時に師である作家・長谷川伸さんとの思い出を語った2016年の講演会の一部。簡単にまとめた(以下、敬称略)。
2016年10月2日 NHK文化講演会「我が師を語る 長谷川伸のこと」
1963年(昭和38年)長谷川伸の最晩年、老人性肺気腫で都内の病院に再入院した。ある日、食欲が無くなった師を心配した平岩弓枝が主治医に相談した。「(長谷川)先生のお好きなものを何でも良いから取り寄せてお持ちなさい」と主治医。そこで彼女は長谷川が贔屓(ひいき)にしていた新宿の天ぷら屋へ走った。店主は長谷川の好物の海老の天ぷらを揚げ、重箱に詰めて平岩に持たせた。温かいうちに届けようとタクシーに飛び乗り病院へ。天ぷらの匂いに気づいたタクシー運転手との会話が始まる。
運転手「お客さん、天ぷら持ってるね。」
平岩「はい、持っています。」
運「失礼だけど、あんた平岩さんじゃないのかね。入院してなさるのは長谷川先生なんですか?お悪いのかね。」
平「いいえ、本当にお悪かったのですけれど、日々回復してきて(病院の)先生から天ぷらを食べてもいいってお許しが出たので私が取りに来たところです」
運「そりゃ嬉しいね。でも天ぷらってのは冷めると不味いよね。行く道は私に任せてくれますか?」
平「よろしくお願いします」
それからタクシーはいきなり表通りから横道に入る。表通りが渋滞の時間帯でも裏通りは空いていた。とはいえ、運転には難しい道が続く。交通事故を恐れた平岩弓枝は次のように言う。
平「事故を起こすと大変だから、運転手さん・・」
運「平岩さんよう、俺はタクシー運転手になって、一世一代の気持ちで走っている。文句言わないで天ぷらをしっかり抱いてろ。必ず温かいうちに天ぷらを届けてみせる。任せておきなさい。」
やがてタクシーは無事に病院の玄関へ。運転手の第一声。
運「平岩さんよう、天ぷら温かいかね?」
平「はい、温かいです。ありがとうございます。」
運「お大事にしておくれな。俺もなんだか今日は嬉しいから仕事の上がりに天ぷら蕎麦でも食べますよ。くれぐれもお大事にね。」
話はもう少し続くがタクシー運転手との会話はここまで。鍵括弧のセリフは、講演での彼女の言葉をほぼそのまま文字に起こした。現実の会話と講演会用に話された会話とは多少異なると思うが、人情味溢れる運転手さんの様子や天ぷらの温もり、海老天の香りまで生き生きと伝わってきた。私が生まれる5年前の話だ。とても洗練された現代に生きる人からすると、少々荒っぽいと感じるかもしれない。が、今よりずっと寛容な時代の話。携帯電話もナビもない。おおらかに、その人なりのやり方で人に優しくできた時代であったろう。どちらの時代が良いということはない。いつの時代も人は優しい。
つづきは「NHKラジオ らじる★らじる」アプリで
以上が番組の前半。後半には「平岩弓枝が長谷川伸に初めて叱られる話」が紹介される。これが更に私の心に染みた。が、私の文章力では上手く伝えられないので、是非直接ラジオで聴いて頂きたい。心の栄養に。聞き逃した番組はアプリで聴くことができる。とても便利な時代。
何十年もラジオ語学講座の為に、朝はNHKラジオ第2放送のスイッチを入れている。そのまま消さずに放っておくと、今回のようにたまにいい出会いがある。講座番組が中心なので無駄な会話がない。スポンサーへの忖度がないのもいい。数年内に閉局してしまうのがなんとも残念。
食べ物はいつも何かしらの思い出を連れてくる。平岩弓枝さんはきっと天ぷらを食べる度に師を思い出されたことでしょう。私もこの放送を聴きながら、天ぷら好きだった母との楽しい時間を思い出した。それに続いて「ビフテキを食べたい」と言った父の最後の願いを叶えてあげなかった後悔が、、苦い。嬉しい話ばかりではない。悲しいことも辛いことも、食べ物の記憶と一緒に蘇ってくる。人生は泣き笑い、なのだ。2024年9月
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